COLUMN天つ神手帖

第三話「呪いの発生源」(後編)

川口明日香さん(仮名) 35歳 東京都渋谷区在住 会社員

死んでいるストーカー

前編のあらすじ
2年前の話。都内の企業に勤める女性から受けた心霊相談。その場で彼女を霊視すると背後に悪霊と化した中年男の霊が見え、さらに強烈な呪詛を受けていることも分かる。前年の夏、久しぶりに茨城の実家へ帰省した時を境に、自分と家族に不気味な霊がつきまとうようになったのだという。この問題を解決するため、彼女の実家へ伺いたいと提案するが…

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翌週の日曜日、明日香さんと一緒に茨城の実家へ伺いました。家族の皆さんは事前に彼女から私のことを詳しく教えられていたようで、今にも縋りつかんばかりの様子でした。とくにお父さんは仕事がエンジニアということもあり、以前はガチガチの唯物論者だったそうですが、その日は玄関先で挨拶するなり、こちらの手を取って「何とかしてください!先生!」と涙まで浮かべる始末。このお父さんに限らず、他の2人もかなり精神的に参っているようで、弟さんは半ば登校拒否の引きこもり状態、またお母さんの方は自転車の運転中に霊に追いかけられてバイクと接触して負傷。以来、整形外科とメンタルクリニック通いを続けているとのことで、各々の苦労を伺うだに同情を禁じ得ませんでした。ただし事の次第はすでに明日香さんから聞かされていたので、居間で顔合わせを済ませると早々に屋内を見て回りました。そして、ものの5分と掛からず霊現象の元凶を見つけることができました。

それは1階奥にある仏間の床の間に飾られていた、額入りの油絵でした。畳の部屋に洋画というのは不釣り合いだと思われるかもしれませんが、その絵のモチーフはどこかのひなびた漁村の風景で、筆のタッチも水墨画的な趣味に溢れており、さしずめ掛け軸の感覚で掛けたのだろうと推察しました。たしかに表向きは部屋と調和しています。しかし、描かれている風景ののどかさとは裏腹に、こちらを圧倒するほどの負の波動を発していたのです。(それにしても、何て凄まじい……)思わず絶句しました。

私の霊眼に映っていたのは額から発して部屋中に渦巻いている、禍々しい漆黒の霊気でした。それが仏壇から発する霊気とせめぎ合い、中空で火花を散らしていました。「この絵はどこで手に入れられたのですか?」指差して訊ねた私に向かってお父さんが言うには、「2年前の冬に知り合いの骨董屋で買い求めました。とくに有名な画家ではないらしいんですが、店で眺めているうちに何となく気に入ったもので、この部屋に合うかなと……。店主の話だと、戦前の大洗海岸辺りの風景を描いた絵だとかで以前、この近くにあった大きな農家の蔵を掃除した時に出てきた品だそうです」「ウッ……」お父さんから説明を聞く私のすぐ背後で突然、息を飲む声が聞こえました。明日香さんでした。「せ、先生!この風景……。あ、あの晩、私が夢で見た場所です!間違いありません!」。

彼女の一言で我が仮説の裏付けを得た私は、その場ですぐに額を降ろしてもらい、額装の裏側を調べました。すると案の定、額の背とキャンバスの間に挟まれる形で、1枚の変色した写真が隠れていたのです。長年の退色で画像の半ばまで飛んでしまっている、非常に古い白黒写真。辛うじて分かるのは、それが和服姿の女性のポートレイトであるということでした。脇から恐る恐る写真を覗き見ていた明日香さん一家は、一斉に息を飲んで凍り付きました。やがてお父さんがポツリと漏らした一言は、「こ、これ……この女の人、ちょっと明日香に似てないか……。に、似ているよな!」その後、私は一同の前で自分が見た霊視ビジョンの内容について説明しました。「こういう仕事をしておりますから、不可解な出来事や霊現象の類いには慣れっこなのですが、今回の一件はかなり稀なケースであったため、究明に少し時間が掛かりました。結論から申し上げますと、この絵は強烈な呪詛の依代(よりしろ)となっています。そして明日香さんが写真に写っている婦人と雰囲気がそっくりなのは、つまり彼女がこの女性の生まれ変わりだからです。とても信じられないと思いますが、これは私が霊視で何度も確認した紛れもない事実です」。

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