COLUMN天つ神手帖

第一話「死んでいるストーカー」

山岸優子さん(仮名) 34歳 栃木県宇都宮市在住 医療関連職

死んでいるストーカー

山岸優子さんと初めて会ったのは、今から3年前の夏。栃木県に住む友人と久しぶりに再会した際、その場に同席していたのが彼女でした。顔立ちの整った清楚な雰囲気の女性でしたが、一見した表情が暗く曇っているのが気になりました。「以前に勤めていた職場でお世話になった先輩」だと友人に紹介され、一緒に食事をすることになったのですが、そこで思わぬ相談事を持ちかけられました。

「透視やお祓いができる方だと伺ったのですが、それは本当でしょうか?」おずおずとそう問い掛けられ、私は正直に頷きました。すると優子さんは、「じつは、ある男性のことで悩んでいまして。今までは地元の警察に相談していたのですが、それでは埒があかないことがつい最近、分かって……」と、すがるような目でこちらを見つめてきました。彼女が語った話は、霊能者を職業としている私が聞いても、かなり奇怪に思われる内容でした。

優子さんには、20代の後半のほんの短い期間、交際していた同年代の男性がいたそうです。その人は隣県に住む会社員で、付き合い始めの頃は2人の関係はとても良好でした。しかし、次第に相手の性格に疑問を持ち始め、別れを切り出すに至ったのだ、と。「付き合ってしばらくしてから分かったのですが、とにかく言葉に嘘の多い人でした。実家が旧家の資産家だとか、東京のK大学を主席で卒業したとか、勤め先の社長から目を掛けられていてゆくゆくは経営陣に加わることを約束されているとか。会うたびにそうしたことを私に語っていたのですが、それが全て嘘だったんです」。

優子さんは次第に彼の虚言癖が怖くなりました。今まで何の問題もない男性だと思っていた相手……。常に優しく思いやりのある態度で接してくれて、背の高いスポーツマンタイプの外見も自分の好みに合い、このまま結婚しても良いとまで考え始めていた相手……。それだけに彼の二面性を知った時にはショックだったと言っていました。

そのような次第で、なるべく角が立たぬようにやんわりと別離宣言をしたものの、相手はすんなりとは別れてくれませんでした。当初は連日に渡って深夜に彼女の住むアパートまで押しかけたり、それがない日でも毎日数10回以上、日常や仕事に差し支えるほど頻繁にメールや電話を寄越したりといった嫌がらせを始めるようになったのです。思い余って携帯電話の番号を変え、また引っ越しまでしましたが、この元彼のストーキング行為は止まりませんでした。

たまらなくなった優子さんは、実家の両親とも相談の上で警察へ相談。しかし、民事不介入の原則を持ち出されて、何の対策も講じてもらえませんでした。「そんな感じでずっと彼の影に脅えながら暮らしていたのですが、つい昨年の夏、思わぬ事実が判明したんです。父が『警察が何もしてくれないなら、自衛手段を取らないと取りかえしが付かないことになる』と言い出して、興信所に依頼して元彼の状況を調べてもらったんです。そうしたら……」。何とその男性は、1年前に死亡していたことが判ったそうです。

興信所から伝えられた調査結果に拠れば、元彼の死因は自動車運転中の交通事故。夜間走行中に民家の塀に激突して死亡したそうなのですが、衝動的な自殺の疑いもあるとのことでした。「そのことを知らされた瞬間、訳の分からない恐怖に襲われて、目の前が真っ暗になりました。だって今でもまだ、その彼からの嫌がらせが続いているんですから!」。そう言うと、優子さんは暗い顔付きのままテーブルに目を伏せました。その後、彼女のスマホに入っていた、複数のアドレスから送信された大量のメールを見せられました。いずれも彼女を罵倒する短い文面で、中にはプライベートの画像が添付されているものもありました。本人に了解を取ってファイルを開くと、優子さんと元彼が交際していた頃の仲睦まじげなツーショットが画面に現れました。

「この嫌がらせメールが着信する時にはいつもそうなんです。メアドはいつもバラバラで、恐る恐る空メールを返信してもすぐにエラーで戻ってきます。迷惑メールを選別するアンチウイルスソフトも入っているはずなのですが、いつもその網をすり抜けちゃって。もう防ぎようがないというか……」。弱々しく話しながら涙ぐみ始めた優子さんに向かって、念のため、彼の勤務先や実家などを確かめたことはあるのかと訊いてみたところ、「そうしたことはもうかなり前に、父がやってくれました。彼がいつの間にか引き払っていたアパートの大家さんからたどって、郷里の家があるという住所まで突きとめたのですが、いざそこへ行ってみると農家の廃屋が建っているだけでした。それから勤めていたはずの会社も、じつはかなり前に辞めていたらしいことも判りました」という答えが返ってきました。

その後、私が投宿していたホテルの部屋に優子さんを招き、深夜の数時間に渡って詳細な霊視を試みました。その結果、判明した事実は3つ。ひとつ目は、優子さんの身に怪異を引き起こしている原因は、明らかに元彼の怨念であるということ。ふたつ目は、実家はすでに一家離散となっているものの、一部の親族がまだ生存していること。そして3つ目は、この問題にはプロの行者もしくはそれに相当する霊能力を有する第三者が深く関与している、ということが分かりました。

私が霊眼で読み取った経緯は以下の通りです。ストーカーの元彼にはじつは歳の離れた姉がおり、この女性は怪しげな新興宗教を渡り歩く典型的な信者タイプの人なのですが、弟の死を逆恨みして、優子さんに強烈な呪いを仕掛けていました。ただ、素人の呪術がそこまでの効果を発揮できるわけはなく、恐らくは彼女が信心している教祖、もしくは何処かの祈祷師、霊能者の類に大金をはたいて呪詛を依頼したようです。この呪詛は密教呪術と陰陽道の霊符術を混合した独特の術で、しかもかなり効果が高く、これによって優子さんの精神状態を著しく損ねていました。

優子さんは、元彼の死後も本人が深夜に繰り返しやって来ていたと主張したのですが、これは呪詛のパワーによって一種の幻覚を見させられていたためで、死霊が現実に彼女を訪問していたわけではありません。現に深夜のノック音や窓外からの叫び声を、その時に一緒にいた親族や友人は一切見聞きしていません。また謎のメールについては、生きている人間が送りつけてきたものではなく、純粋に呪詛によって引き起こされた超常現象であると結論しました。実際のところ、電波を介した電子機器、あるいはインターネットという媒体は、霊的波動と非常に親和性が高く、これをお読みになっている方はにわかに信じられないかもしれませんが、こうした合理的に説明のつかない現象が起きることもしばしばあるのです。

後日、彼女の実家の建物裏の竹林、現住している団地の敷地内など私が指定した数ヶ所で、血染めの布袋に入った呪詛の霊符を掘り起こしました。しかし、事はこれだけでは終わりませんでした。

以降、現在に至るまで、電話鑑定の窓口を通して、定期的に優子さんからの相談に乗る状態が続いています。彼女の霊体と身体が呪詛に蝕まれていないかを遠隔霊視で確認した上で、新たに霊的バリアを張り巡らせ直すという繰り返しの作業です。残念ながら、この呪詛の根源を断つことは不可能と思われます。相手側の行者もかなりの熟練者らしく、私の霊視によるトレースを妨害するために霊波の煙幕を常に張り巡らせているためです。もし呪詛が解ける可能性があるとすれば、それは依頼者である元彼の姉が優子さんを許した時、もしくはこの呪術者が死亡した時でしょう。

このような次第で優子さんとの付き合いはすでに3年余りに渡っているのですが、未だに彼女に伝えられないでいることがひとつだけあるのです。それは、向こう側での呪詛の具体的な様子です。行者は元彼の遺骨を儀式に用いており、それを護摩壇の火に放り入れて、呪文の詠唱と共に死霊の念を賦活させています。一瞬、真っ赤な炎が激しく立ち昇り、その中に凄まじい姿と化した元彼の幻影が浮かび上がるのですが、その形相には目鼻がなく、ただ三日月の如く裂け爛れた大きな口からゲラゲラという哄笑が響き渡るという具合です。もはや人霊ではなく、地獄の悪霊と化しています。そんなおぞましい光景が何かの拍子にふと霊眼を掠めると、さすが私でも寒気を禁じ得ません。